« 善光寺へ行く。 | トップページ | ふつうの家を造る9 »

2009年8月 6日 (木)

残念賞。。。

朝いち ランニング。

コーヒー飲んで、ちょこっとストレッチして、

自宅~名城公園~お堀1周~自宅の、お堀コース。 40分。

ジョグペース。

 

 

昨日の午後、コンペの公開審査に出席した。

”すまいる愛知住宅賞”

ボンセッケイでは、去年竣工した住宅を応募した。

 

”ヒザウエ時間の家” と題したその家は、

建て主の並々ならぬ情熱に対して、

持てるチカラをふりしぼって、やっとできた家だった。

 

応募条件である、”ゆとり” や ”安らぎ” に対して、

設計プロセス、使用材料、構法、立地条件、施工方法など、

様々な特徴をもつこの家のどこを切り口にするか。。。。

悩みに悩んだ。

 

与えられた800字以内でボクたちの思いを表現しなきゃいけない。

A1一枚に、写真、図面もまとめなきゃいけない。

 

結果、設計主旨をストーリー仕立てにして、飽きずに読み進められるように工夫し、

ストーリーの展開に合せて写真の大小と配置を決めた。

上手にまとまった。

 

応募には、今回からボードの他に、

JPGデータとPDFデータの提出も必要だった。

そして審査は、今回から公開審査。

応募者のプレゼンテーションは必要なく、

場合によっては審査員から質疑があるとのことだった。

 

ひろーい会議室に全応募作品七十数点がそろった様は迫力があったよ。

審査が始まると、審査員長を先頭に順番に一点一点チェックしていくんだけど、

結局、

”応募者への質問” のハズが ”応募者によるプレゼン” のようになってしまっていた。

 

少し違和感を感じた。

 

なぜ、こうなるのかというと、

審査員の方々は、この時はじめて応募作品を見る。

時間にして、ひと作品2分ぐらいの割振りだ。

 

七人いた審査員のほとんどが、パネルを読んでいなかった。

手っ取り早く、応募者に全部聞いちゃえー、なんだな。

 

確かにたいへんな作業だと思う。

レベルに達してない応募者もいるかもしれない。

”全部読んでられないよ。”

もっともかもしれない、しかし評価する立場の一流と言われてる人たちだ。

審査することで報酬も得てる人たちだ。

すべてを公平な立場で見ようとする姿勢がもっと必要ではないか?

 

応募者は、審査員に取り立ててもらいたい。

だからアピールしたい。

当たり前の感情だ。

 

だからこそ、審査員は余計に ”審査してあげる” 立場に甘んじていてはいけないんじゃないかな。。。。

 

少し、そう感じた。

 

審査基準では、

正面のこのスリット状のデザインが好きだなとか、広々してていいとか、

終始デザインやカタチの好みを言い合ってるようで、

ボクには、なにを評価してるのかサッパリわからなかった。

しゃべってる意味もサッパリわからなかった。

 

なんのための ”ゆとり” や ”安らぎ” だったんだろうか?。。。。

まじめに考えなきゃよかった。。。。

 

少し疑問に思った。

 

ふつうの住宅コンペだったんだ~。

 

だいぶガッカリした。

 

 

とはいっても、

審査を通して、勉強になったこともたくさんあった。

他の応募作品からも勉強できた。

チカラ不足、説明不足、フェイズの違いも痛感した。

 

残念ながらヒザウエ時間の家は落選だった。

ほろ苦い公開審査デビューだった。

悔しいけど現実はこんなもんだ。

また明日!

 

野良犬系なボクの負け犬の遠吠えでした~。(笑)

大目に見てくださいね。

 

 

 

でもね、

ほんとは少し期待してたんだ。

建築業界の未来に。

社会が混乱していて、未来に明るい要素の少ない昨今。

業界を文化を教育を引っ張っていく人たちは何を考えてるんだろうか。

どこに注力しているのか。。。。

 

何も見えませんでしたが。。。。

« 善光寺へ行く。 | トップページ | ふつうの家を造る9 »

しごと」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 善光寺へ行く。 | トップページ | ふつうの家を造る9 »